ペットロス-どん底から上向いたきっかけ

facebookに投稿したら
思いがけず反響をいただいたので
こちらにも残しておこうかと。

 

初めてのペットロス体験を書いたのですが
ペットをお持ちでない方からも
コメントやメッセージをいただきました。

 

ペットロスのどん底から上向きに転じたポイント、
そのきっかけとなった気づきについて
書いています。

 

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ただ、文中にもありますが
まだ全てを綴るには胸が痛むこともあり、
オブラートに包んだような表現に
とどめている箇所があります。

 

いずれ、
私のペットロス体験を通して見えてきたことや
私がそれを乗り越えたプロセスなど、
具体的にまとめようと思います。

 

それまで少しお時間ください。

 

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おかげさまで、ようやくペットロスの
身体的な症状(私の場合、めまい)から
抜け出せたかな、という感じです。

 

体調が上向いたのには、明確なきっかけがありました。

 

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実は、私には
愛猫パンダを思うように送ってあげられなかった
後悔と罪悪感があったんです。

 

それが日に日に膨らんで、
めまいがひどかった頃は、もう
押しつぶされそうでした…

 

だけどよく考えると、
それはパンダの死から派生した
<私の問題>なんですよね。

 

パンダを失った悲しみとは、分けて見るべきことでした。
それで、自分なりにあれこれ模索して。
ついに、
ものすごく腑に落ちる答えに行き着きました。

 

それは、誰も死に方を選べない、ということ。

 

いくら大往生を望んでいても
凄惨な事件や事故に巻き込まれて
命を落とすことだってあるし、
運命には逆らえない、のだと。

 

だったら、最善と思った選択の結果である限り、
「たら・れば」の後悔も罪悪感も
そもそも意味があるんだろうか…?って。

 

さらに、死に方を選べないのは人も同じ。
では、私たちに選べるのは、何?

 

それは…生き方だっ

 

そう思えた瞬間から、心身ともに好転しました。

後悔しない生き方のためにも
いつまでもグズグズ言ってる場合じゃない、みたいな(笑)。

 

 

とはいえ、悲しみが消えたわけではなく
ようやく純粋に悲しめるようになった、
というところですけどね。

 

パンダが逝って、今日でちょうど7週間。

四十九日ですか。
その節目に記してみました。

 

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もう少し時間が経って具体的なコトを文字にできるようになったら
一連のプロセスをきちんと書けるといいなと思ってます。

 

今はオブラートに包んだような表現しかできず
分かりづらかったらごめんなさい。

 

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