「どうにでもできる」部分にフォーカスする;ペットロスからの学び<2>

愛猫パンダを失って陥ったペットロスから
どう脱したか、
今回はその後半です。

 

ペットロス体験を綴ってはいますが
家庭内の問題、人間関係など
それ以外の様々なことについても
通じる部分がたくさんあると思っています。

 

参考になることがあれば嬉しいです。

 

 

前回は…

 

パンダの看取りでは悔いる部分もあって
ただただ泣くばかりの私でしたが
ある方法でココロを整理してみたところ

悲しい、申し訳ない、と言いながら
いちばんの辛さは、自責の念だとわかりました。

 

でもそれは、パンダの死から派生した〈私の問題〉。

 

まずはパンダの死をきちんと受け止めないと、
パンダに申し訳ない。

 

そう思って、
罪悪感という苦悩は切り離して考えると
決心しました…、勇気は要りましたけどね。

 

すると純粋にパンダの死を悲しむことができて
結果、私自身が救われた、

 

というところまでお話しでした。

 

全文はこちら

持てあます心を整理する3ステップ;ペットロスからの学び<1>

 

さて、今日は、切り話した罪悪感は
その後どうなったか?です。

            

 

ペットの思うような看取りができなくて
苦悩しているのは私だけではないはずだと思いました。

 

他の人たちは
この気持ちをどう処理しているのだろう?
とネットで検索して、多くの事例を読みました。

 

 

その一部はこちらの記事に書いたとおり、

ペットロスから教わったこと

  • 後ろ髪を引かれながらも仕事に出かけ
    帰ってきたらペットは息を引き取っていた、
  • 自分の不注意で、こともあろうに
    飼い主自ら運転する車でひいてしまった、
  • 手術など積極的な(=過酷な)治療を受けさせて悔やむ人、
  • 逆に、 安楽死させた自分を責める人

 

など、多くの飼い主がそれぞれのケースで
心を痛めていることがわかりました。

 

結局、どれだけ我が子(ペット)を愛し
最善と思う選択をしても、
思いとは裏腹の結末になる場合もあるのですね。

 

それは、人の意思でどうにもならない運命。

 

私にできることは、ただ一つ、
その結末を〈受け入れる〉ことしかないと
観念せざるをえませんでした。

 

けれど、これは絶望ではなく、むしろその逆だったんです。

 

 

なぜなら、
運命以外の、どうにでもできる部分…

飼い主として惜しみなく愛を注ぎ、
出来うることはやり遂げたという意味で
まったく後悔がないことに気づけたのです。

 

このとき、私の心にずしんと在った「後悔」が
後悔でなくなりました。

 

さらに、人間だって、
非業の死を遂げる人生もあるわけで
自分でどうにもならない部分があるのは同じ。

 

だったら、
自分でコントロールできること=生き方
にこそ、意識とエネルギーを傾けなくては!!
と、ハッとさせられたのです。

 

同時に、それまで悩まされていた
ペットロスの典型的な身体症状である
「めまい」もピタリと治りました。

 

 

興味深いのは、
後に他の方のペットロス体験を聞いてみると、
私も含めて、回復する過程で共通点があったことです。

 

それは、
(具体的なきっかけや経緯は違っても)
本人にとって「そうか!」と納得のいく
答えなり、光が見出せたとき、
意識のベクトルが一気にポジティブに転換して

ペットロスから抜け出せた、ということです。

 

そして…

冒頭にも書きましたが、このプロセスは
ペットロス以外にも当てはまります。

 

実際、私は以前〈うつ〉を経験しましたが、
このときも同じ方法で克服したことを思い出しました。

 

冷静に問題を分けて見る、
言い訳や、ごまかしをせず
すべて自分で引き受けるんだ、
って心を決めるには勇気が要ります。

 

でもね、そこまで真剣にならないと
本来もっている〈気づき力〉は発揮されないと思うのです。

 

本気で求めないと、納得いく答えは見つかりません。

 

定まらない心で
悶々とした居心地の悪さに浸かり続けるより
真正面から向き合うことを私はオススメします。

 

心当たりがあるわ、という方はぜひ
やってみてくださいね。

 

 

具体的にどうしたらいいのかわからない、
という方は
個人セッションハワイ島リトリートにて
個別にサポートいたします。

お問い合わせください。

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