さよなら、、、パンダ

 

愛猫パンダが、旅立ちました…。
1週間前のことです。

 

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この1ヶ月、急激に弱っていくパンダに
気持ちがついていきませんでした。

 

最後の最後まで
奇跡を願ってしまい。。

 

1日でも、1時間でも
長く生きながらえてほしい、
というのは私のエゴだった…

そう気づいたときは、遅すぎました。

 

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15年以上生きるネコも少なくないなか、
なぜパンダは9歳で逝かなきゃ
いけなかったんだろう?

 

もっと高齢ならば
少しは諦めもついただろうに…

とも。

 

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もちろん、遅かれ早かれ、いつか
パンダを送る日が来ることは
わかって飼っていたつもりです。

 

たまに、遠い先のこととして
それをぼんやり想像すると、

それだけでも胸がつぶれる思いがして、
かき消すように考えるのを止めました。

 

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それが現実となった今、
パンダを失うってことは

つい、「パンダどこにいるかな?」て
探す自分に気づくことであり、

もう二度と
一緒にソファでうたた寝することも

毎朝5時に「ゴハン~!!」と
叩き起こされることも、

何より、
あのフワフワ温かなパンダを抱くことが
永遠にできないんだ、って思い知らされています。

 

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片手に乗るほど小さなパンダが
うちにやってきたのは
結婚後、半年ほど経ったころ。

 

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以来、私のハワイ島ライフを
ともに過ごしてくれました。

 

思えば、京都という土地から、
言葉も文化も
「アウェイ」の地に飛び込んだ私の

想定外の難しさとか、
泣き言とか、

親が健在ならきっと
電話で聞いてもらうようなことを
パンダが全部、受け止めてくれていたのですね。

 

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そう思うと、目の前で
「痛い」とも「しんどい」とも
(当然ながら)言えず、

ただただ耐えるパンダに
身も心も張り裂けそうでした。

 

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今も家のあちこちに
パンダの気配が残っていて…

ここでよくお昼寝してたな、などと
いやでも思い出されて
つい、こみ上げてきます。

 

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でも。

でも。

やっぱり前を向くしか、ありません。

 

今年はハワイ島生活10年の節目。

 

次のステージへシフトしなくては、
と思う一方で、

パンダに逃げている私がいたように
今、思います。

 

このタイミングでパンダが逝ったのは
彼の天命かもしれないけれど、
偶然ではない気がします。

 

もう、目をそらさずに
向かうべきところを直視しなさい、
ということかと。

 

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私の人生の新たな局面へ、
<とびら>はもう、
そこに開かれているということですね。

 

どっちみちそこへ行くなら
引きづられて連れて行かれるより、
自分の足で歩いて
その<とびら>をくぐろうと思います。

 

エンジン全開には
まだ少し時間がかかりますけどね。

 

そんな自分も許して、泣き笑いしながら、
少しずつでも前に向かっていきます。

 

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本を読むときも

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デスクワークのときも

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ハンモックに揺られるときも

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イプ(ハワイのひょうたん)アートを作るときも

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食事のときも

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いつも、私のひざの上にいたパンダ。

 

かと思えば、
ゲッコー(ハワイのヤモリ)はもちろん
小鳥やネズミも捕まえてくる、
わんぱく・やんちゃな野生児で。

 

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ソファをひっかいたり
テーブルに飛び乗ったりすると
「ダメでしょ!」と慌てて抱き上げる
デイヴィッドと私の習性(?)を逆手にとって

気を引きたいときは、わざと
叱られるようなことをするアタマのよさもありました。

 

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こんなにはっきりと意思を示し、
自己主張するパンダと
二人とも、とても深くつながり、
もうメロメロでした。

 

パンダをしつけたつもりが、
こっちが上手くしつけられちゃったね、と
よく二人で、幸せな苦笑いをして…。

 

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パンダは私にとって初めてのペットなので
ペットロスも初めてです。

 

流した涙の分だけ、
パンダはそれだけたくさん
喜びと幸せをもたらしてくれたということ。

 

パンダを飼ったことで、今の痛みも含めて
知らない世界をたくさん知ることができました。

 

辛くないと言ったら大ウソですが、
《人生に無駄な経験は一つもない》から。

 

私のなかにひとつ増えた、この心の「ひだ」が
将来、誰かの、そして私自身の、
役に立つ日がきっとくると思っています。

 

パンダが私たちのところに来てくれて、
ほんとうによかった。
ありがとう。

We love you, baby!

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5件のコメント

  1. Rikoさん
    こんばんは。中島玲子です。
    今、このブログを読んでびっくりしています。大切なパートナー、パンダのご冥福をお祈り致します。
    ちょうど昨日、以前にお世話になった奈良に
    あるゲストハウスの看板猫ちゃんが
    交通事故でなくなったという知らせを聞いて
    本当にびっくりした矢先に、また…。
    お二人の心中、お察しいたします。
    私も今、7歳になるポメラニアンとチワワの
    ミックス犬と二人で暮らしています。
    いろいろな事を共にした、相棒。
    この子がいなくなった時の事を考えたら
    本当にことばがありません。

    いつかRikoさんに話そうと思っていましたが、
    実は私の母が今年の6月に亡くなりました。
    幸いにも3年前から始めていたヨガと、中野裕弓さんの教えのおかげで、不思議とこの困難を
    あるがままに受け入れ、乗り越える事ができました。今思うと、先を行くように実家で飼っていたポメラニアンも、1月に亡くなってしまいました。
    命って不思議です。きっと、今世での役目を
    終えて卒業するのだと思いますが、残されたものは突然のことに心がついていきません。
    でも、たくさんの感謝、愛、悲しみ…
    すべての感情を学ぶ機会を与えてくれている
    のでしょうね。
    母が危篤の時に送ったメールに、ロミさんが
    こんな返信を下さいました。

    「人は生まれる前に、自らが書いてきたシナリオを寸分間違えなく 粛々と歩んでいきます。
    感謝の想いを胸にお母さまのシナリオの完成まで しっかりと支えてくださいね。 」ロミ

    動物も人も同じく、人生のシナリオを書いて生まれてくるのでしょうね。
    きっとパンダはシナリオ通りの幸せな人生を
    全うしたのでしょう。
    辛い時に長いメール失礼しました。
    Rikoさん、どうぞご自愛ください。
    近々、ハワイでお会いできますように。

    玲子

    1. 玲子さん
      暖かいメッセージ、とてもとても感謝しています。
      どうもありがとう。

      玲子さんの周りでもいろんなことが起こっていたんですね。
      全く知らず、ごめんなさい。

      ロミさんの言葉、素敵ですね。
      私の両親はどちらも、長年患っていたので
      良くも悪くも、送る側として心の準備ができてました。

      でも今回は「覚悟」する時間がありませんでした。

      希望は捨てず、でも腹はくくる。
      この大切さを、今回学びました。

      私もヨガと瞑想に助けられています。

      久しぶりに会って、たくさんお話ししたいですね。
      ハワイ島で会いましょ。

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